「やすづかのことはずっと気になっていて、ようやく来ることができた!」と15年前に学園で寮生活を送ったY。現在は仕事で合唱指導などをしているとのことで、学園生にピアノ演奏を披露してくれたあとで、「一緒に歌わない?」と彼女の伴奏で皆で「ふるさと」「ビリーブ」を合唱しました。ちなみに合唱の前に演奏してくれた「アシタカとサン」は15年前に私に聞かせてくれた曲。あの頃の彼女は自分の真っすぐな思いと分かり始めた世間との狭間でもがきながら折り合いをつけようと必死に向き合っている感じがしました。久石譲さんのこのドラマチックな曲を聴きながら、なんだか泣きたいような気持になったことを思い出しました。今回も出会いとか再生を思い起こさせる素敵な演奏でした。海外に一人旅をして児童支援施設でリトミックをするなど、人との関わりに音楽を携えている彼女の話を聞いていたので、よけいに演奏を素晴らしく感じました。
時々、「子ども達と遊びたい」と仕事の休みに来園してくれるT。寮に泊まることもあります。そんなTが中学3年生当時は音楽室で一緒にバンド活動をしていました。彼がドラム、私がボーカルギター。≪イエローモンキー≫の曲やオリジナル曲を演奏していたことを覚えています。Tは大学を卒業してから音楽好きが高じて、バンド中心生活を一時期送っていました。年間100本のライブをするバンドのドラマーとして全国のライブハウスで演奏していました。今は旅をするための準備をしているところ。そんな彼とは来園するたびに音楽室でセッション。私が適当な音とリズムを与えれば、すぐに反応してからみつくドラムス。決め事をしなくても自然に始まり、終わる。こちらの意図をくもうとしてくれる、それがわかる瞬間とピッタリ音がはまる瞬間がたまらなく楽しい。でも一番うれしいのは、「今の学園生と絡みたい」と「一緒に遊んでください!」と子ども達の中に入っていく彼を見たとき。中学時代に親元を離れて同じ寮生活をした彼だからこそ、スタッフよりわかることがある。
就職した会社が実家から通えるところだというM。近況報告を兼ねて学園に来てくれました。バイクが好きで、たいへんな怪我をして入院したこともあったそうだけど、バイクがあるから仕事も頑張れるのかもしれないね。バイクのある人生。いいね!風になれる!。社会人として生きているMに聞いてみた。「学園ってMにとって何だったんだろうね?」すると「やすづか学園が今の俺を作ってくれましたよ!」とのこと・・・。そんな社交辞令も言えるようになったかと、スタッフとしては感慨もひとしお。自分を愛してほしい。楽しいことをしてほしい。好きなことを続けてほしい。そして周りの人が幸せになれていたら、何も言うことはない。
久しぶりの再会
学園を修学して3年ぶりの再会。愛知のKと神奈川のIがきてくれました。無事高校を卒業したとのこと。K「ずっと来たかったけど、コロナで来れなかった。」I「久しぶりの学園は変わってないですね。」
Iは「アルバイトして、その金で旅をしています。」丸田「いいね旅人!しかし、Iは坊主をやめたんだね。それ以外、何も変わってない感じ。目の輝きがあの頃のままじゃん。旅をする中で何か、見つかるといいな。」
Kは「進学が決まりました。4月から農業大学校です。」丸田「一緒に学園のグラウンドに土を運んできて、畑を作ったのを覚えてるよ。あの頃から将来は農業をやるって言ってたもんな。野望はあるの?」K「アイルランドで養鶏をやりたいんですよ」丸田「いい野望だ。その前に今度、ひよこ持ってきてくれな。」
午後のわずかな時間の交流だったけど、在学生たちは二人との交流を楽しんでいました。また、会いたいと、もっとしゃべりたかったと言っていました。次回は語りに来てほしい。待ってます。
「学園に顔出しに行きたいんですけど、8月のご都合いかがですか?」と電話連絡してきたT。こちらが「廊下のワックス掛けをする日にスタッフが集まるから、その日どう?」と聞くと、二つ返事で了承。一緒に作業をしてくれることに。そして当日、高校を卒業以来6年務めている会社に有給届を出して、来てくれました。自動車の部品を作る会社に勤務しているT。(最近はジムに行って体を作るのが楽しいとのこと。)仕事を続けていることもうれしいが、自分が中学時代に世話になった校舎をキレイにするために、有給を使ってきてくれたことに感動。(「有給は使う機会がないので・・・」、とは本人の弁)実は今年は、7月中に2名のOBも別の階のワックス掛けの手伝いに来てくれました。こんな子たちがいるなら、毎年ワックス掛けの手伝いをOBに呼びかけようかしら・・・、と思わされる今日この頃。T、助かったよ。ありがとう。また一緒にやろうな。(笑)